年末年始は病院で過ごし、気がつけば二月になっていた。私は病室でぼんやりとテレビを見ている。二月七日、一日限定でCOLORはバレンタインライブをしたようだ。へぇー……紫藤さん、コンサートでプロポーズしたんだ。公開プロポーズなんてロマンチック。一般人の女性との純粋な恋愛だったと情報番組で伝えていた。どんなに苦しい恋愛だったとしても、二人に未来があるなら希望が持てる。私に……未来なんてない。いつも明るく強がっているけど、本当はものすごく怖い。しばらく入院生活が続いているが赤坂さんには、伝えていない。メールが届いても『忙しい』と言ってごまかしている。身体を起こして手鏡で自分の顔を見ると青白かった。もう、私の命は短いのかもしれない。治療をしてもよくならないし。入院期間はいつもよりも長い。薬も変えてばかりだし。短い人生だったな……。でも、赤坂さんという存在に出会えて、素敵な思い出を作ってもらえて。――幸せだったと思う。赤坂さんがはじめてお見舞いに来てくれた時に、プレゼントしてくれたブランケットを抱きしめる。そうすると、安心するのだ。もしも、叶うなら。長生きをして赤坂さんのおじいちゃんになった姿を見てみたい。きっと、年齢を重ねても素敵なんだろうなぁ……。
赤坂sideしばらく久実は会ってくれない。電話もメールも回数が減ってしまった。俺からは頻繁に連絡を入れるが……返事がない。俺は仕事が順調でジュエリーブランドのプロデュースをしたり、色んなことをさせてもらっている。次の撮影スタジオに向かう車の中で、ふと空を見ると高く澄んでいた。東京に春が訪れていたことにも気がついていなかった。四月になっていて、もうすぐ久実は二十五歳になる。俺は懲りずに久実を思っていて、次に会うチャンスがあれば……しっかりと告白するつもりでいた。どんな結果になっても、俺は久実に自分の気持ちを伝えようと思っている。いつまでもこのままじゃいけないと思うから。仕事が終わり楽屋にいる時、なんとなく嫌な予感がした。――久実は元気で過ごしているのだろうか。冬に届いたメールに――赤坂さんも、きっと幸せになるよ。と書いてあったのだ。ずっと会っていないし本当の状況はわからない。もしかして、入院しているのではないだろうか。久実は俺に嘘をついているかもしれない。スマホに登録されていた久実の母さんの番号を選んだ。十九時。まだかけても迷惑じゃないだろうと思って画面にタッチした。五コール数えたところで通話が開始される。『もしもし』「赤坂です。夜分遅くに申し訳ないです」『赤坂さん。お久しぶりです』「あの……久実さんはお元気ですか?」『えっ?』驚いた声が聞こえてきた。まるで状況を知らないのですか? と言いたそうな声だった。やはり、久実は元気ではないのかもしれない。体に流れている血液が凍っていくように不安で冷たくなった。「あの……。久実さん忙しいみたいで返事があまりなくて。ちょっと心配になってしまいまして」『………そうですか。心配かけたくなかったのでしょうね』「心配?」母親は言いづらそうにしながらも打ち明けてくれた。『ずっと入院しているんです。ドナー待ちなんですが、なかなか日本では順番が回ってこないのです。それなら少しでもチャンスがあるアメリカに行こうと思っていまして。アメリカに行く費用を募金しているところなんです』握り締めていたスマホを落としそうになってしまった。ドナー待ちって。そんなこと、聞いてなかった。「え、あの……久実さんの心臓は……」動揺して声が震えてしまう。『もう、移植しかないんです』「そんな……。
久実の家に着いたのは二十一時を過ぎたところだったが、ご両親は快く中に入れてくれた。L字に配置されたソファーに座って話を聞かせてもらう。移植しないとあと半年くらいしか生きられないことを知った。「子どもであれば比較的募金は集まりやすいのですが……。いや、それでもものすごく大変なんです。久実は、もうすぐ二十五歳になるのでなかなか集まらないのが現実なんです」悲しそうな顔をした父さんの顔を見られないくらい、俺も悲しかった。「あと、どのくらいなんですか?」「七千万です。……もう、無理かもしれません」「お父さん、そんなこと言わないで」母親も涙を浮かべていた。一日も早く移植をしてほしい。ここで俺が出るところじゃないかもしれないが、居ても立ってもいられなかった。「俺が残りを出します」「……そんな大金、返せないです。何年もかかりますし」父さんは慌てている様子だった。俺がそこまで言うとは思わなかったのかもしれない。「事務所の力を借りて募金活動をすればいいかもしれませんが、会議をかけてもらってもやってもらえるかわからないし、時間がかかりすぎます。俺は一日も早くアメリカへ飛んでもらいたいんです」ソファーから立ち上がった俺はゆっくりと床に正座をした。久実を失うと思うと、怖くてたまらない。男のくせに涙があふれて唇が震え出す。「お願いします……。三日で用意するので、久実さんを助けてください」深く頭を下げると、久実の父さんは慌ててソファーから降りてきて、俺の肩をつかんで体を起こした。目が合うと父親も涙を浮かべている。「力ない父親で情けない。少しずつでも返しますので久実を助けてください」「よろしくお願いします」母さんも頭を下げてくれた。「はい。ただ、久実さんには言わないでください。俺が出したと知ったら行かないって言うかもしれないので。気を使いすぎる、いい子だから……」俺は家に帰るとマネージャーに連絡を入れた。「どんな仕事でもやるから、とにかく仕事取ってきてくれ」『え……はぁ。事務所の許可が降りる範囲であれば』「いいから、わかったか?」二日後に俺は金を振り込んだ。久実が助かるなら何だってする。
久実side 「資金が集まった? そんな急に?」「ええ。これで久実も助かるかもしれないわね」満面の笑みを浮かべて洗濯物を片付けているお母さんを私はベッドの上でじっと見つめる。アメリカへ行けるのは嬉しいけれど……今まで簡単に集まらなかった寄付がどうして突然揃うわけ?何かがおかしいと思って問い詰めることにした。だって大切なお金だから気になって仕方がなかったのだ。「お母さん」「なーに?」「やっぱりおかしいよ。不正ルートで手に入れたお金なんじゃないの?」「……まさか」動揺するとお母さんは目を合わせなくなる。「教えて」「…………何を?」私の質問をかわそうとしているのが伝わってきた。ということはやはりただの寄付で集まったお金ではないのだろう。「誰から寄付してもらったの?」お母さんは私を見て手を握ってきた。その手は冷たくなっている。「お願い。どんなことがあってもアメリカへ行って手術を受けてほしいの」「…………」「言うなって、言われているのよ」「もしかして、赤坂さん…………?」お母さんは明らかに目の色を変えた。「久実は赤坂さんとお付き合いしているの?」「まさか。手に届くような人じゃない」「そう……」何かを考えたような表情したけど私の目をまっすぐと見つめてくる。「ちゃんと手術を受けてくれるわね?」「うん」手術を受けることができるのは嬉しかったけれど、赤坂さんに迷惑をかけてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだった。「少しずつになるけど返すつもりでいるの」「…………私も働けるようになったら返す」「うん。一緒に頑張ろうね」その日の夜。私はスマホをじっと見つめていた。消灯時間は過ぎているけれど眠れない。赤坂さんにお礼をしたくて文章を作るけど、なかなか言葉がまとまらなかった。『赤坂さん。入院していることをずっと言えずにごめんなさい。そして、アメリカへ行けるようにしてくれてありがとうございます。一生かけても足りないくらいの感謝です。絶対に元気になって戻ってきて、社会復帰したら返します。ファンとアイドルの関係なのに、ここまでしてくださって申し訳ないです。大事な赤坂さんの人生です。私に費やすことはやめてください。久実』ずっと、返事を待っていたけれどスマホが光ることはなかった。
赤坂さんはテレビや雑誌に出まくっている。もしかすると、お金を稼ぐためなのではないかと思ってしまった。本当に、申し訳ない。五月に渡米する予定が決まった。今日は二十五歳の誕生日だった。ナースもドクターも天からのプレゼントだと言って喜んでくれた。「久実、誕生日おめでとう」お母さんは私に可愛いバッグをプレゼントしてくれた。真っ白な病室に目立つ真っ赤なバッグ。これを早く使える日がくればいいなと胸に期待が膨らむ。「四月十七日。十六時七分に久実が生まれたのよ。本当に幸せだった。すごく小さくて可愛くて一生、守っていきたいと思ったの」お母さんは誕生日のたびに、この話をしてくれる。「これからも、お母さんの大事な久実でいてね。一緒に頑張ろうね」お母さんは午後からパートがあるらしく帰った。朋代や赤坂さんの妹の舞さんなど、バースデーメールが届いた。ほっこりした気持ちでいると、足音が聞こえた。トントンと開いているドアの横の壁を叩かれて見ると、赤坂さんが立っている。かなり久しぶりに会う赤坂さんは、痩せた感じがした。「おう」「赤坂さん…………」「誕生日だろ? 会いに来てやったぞ」頭をぐしゃぐしゃに撫でられる。ソファーの隣にある椅子に座ってプレゼントを渡された。細長い箱だ。なんだろうと思っていると「見てみろ」と言われてゆっくりリボンを解いた。ゴールドの包装紙を外して、箱を開けると……ネックレスが入っていた。「俺のファンだったらわかると思うけど」「…………赤坂さんがプロデュースしたジュエリーブランドの、一点物」「大正解。さすがだな」世の中にはかなりの額を払ってもこれを欲しがる人が大勢いるのに、私なんかにいいのだろうか。パールを包むようにダイヤでハートを作っている。「これ、初めて久実に会った時の髪型を参考にしたんだ」ツインテール……。まさか、私をイメージしてくれたなんて。感動しすぎて涙があふれてきた。私は、赤坂さんに何かを返せているのだろうか。
「おー嬉しいか」「うん」楽しそうに笑っている赤坂さん。私は……赤坂さんのことが、大好きだ。好きで、好きでたまらない。ファンという枠を超えて、こんなにも好きになっていいのだろうか。赤坂さんのことが、大好きだ。「なかなか連絡できなくて悪かったな」「ううん。忙しかったんだよね」「まあな。男は稼ぐ生き物だろ」長い足を組んだ赤坂さん。「あのね、アメリカに五月三日に行くことになったの」「そっか。いよいよ、だな」好きだと言いたい。けれど、それはちゃんと帰って来てから言いたい。だから、今はぐっと堪える。「なぁ。それ、つけてくれない?」「……こ、こんな恐れ多いもの……無理。家宝にする」「あ? 馬鹿か。つけるためにアクセサリーはあるんだっつーの」貸せと言われて赤坂さんはネックレスを持った。前から手を回して、抱きしめるような形でつけてくれる。けれど、なかなか終わらない。あまりにも近い距離に耳が熱くなって、心臓が激しく動き出す。赤坂さんの爽やかであり男っぽい匂いが鼻を刺激する。それは、私の心を惑わすアロマのようだ。「ま、まだ?」冷静なふりをして質問する。「まだ」すごく密着していて、ドキドキする。赤坂さんの硬い胸におでこがくっついてしまう。だってネックレスをつけるなんて数秒で終わるのに、この体勢のままでしばらくいるのだから、鈍感な私でもわざとなんだと気がついてしまう。「……まだ?」「あーもう少し」「もうちょっと付けやすく作ったら?」「俺のプロデュースした物に文句があるって?」「いいえ」圧力、ハンパない。だけど、こういうところも好き……。やっとつけてくれた。赤坂さんは離れて目を細めて見ている。「似合う」「本当?」「世界一、似合う」手鏡を、引き出しから出して覗き込んで見ると、キラキラと光っている。病衣には似合わないけど、すごく嬉しくて赤坂さんに向かって微笑んだ。「ありがとう。男の人からアクセサリーをもらうなんて、この人生でないと思ってた」真剣な表情で私を見ている赤坂さん。今までに見たことない男らしい顔をしている。ますます、好きが増えていく……。「……………あのさ、戻ってきたら大事な話があるから」「何?」「気になるか?」「とっても」「じゃあ、必ず生きて帰って来ること」「……うん」泣きそう。
*移植することを報告したら、色んな人がお見舞いに来てくれた。会社の人や、朋代をはじめとする学生の仲間たち。皆、元気づけてくれるけど……寂しさもこみ上げてきた。もしかすると、もう会えないかもしれないとついつい思ってしまうのだ。朋代がお見舞いに来てくれて、他愛のない話をする。「実は来年辺り結婚しようかと思ってて」「うっそー! おめでとう」「久実、結婚式で友人代表スピーチしてくれるよね?」笑顔が消えてしまう。だけど、慌てて笑顔に戻して「もちろんだよ」と明るく言った。未来の約束が増えるたびに心が苦しい。病気じゃない人だって明日はどうなっているかわからない。けれど、皆、当たり前に生きすぎている。本当は生きることって、とても素晴らしいことなんだ。「おめかしして、結婚式行かなきゃなぁ」「久実のウエディングドレス姿もきっと可愛いと思うよ」「そうだね。手術が成功してその夢が叶ったらすごく嬉しいな」「自分の夢は強くイメージすると叶うって言うから。私もイメージしておく」朋代が励ましてくれて気持ちが少し軽くなったような気がする。
そして、アメリカへ行く前日。赤坂さんは時間をこじ開けて会いに来てくれた。約束を必ず守ってくれる、赤坂さん。いつものように、口元をくいっと上げて笑みを浮かべている。手術が失敗したら……。臓器が私に合わなかったら……。もう日本へ帰って来ることができなかったら……。色んな不安が押し寄せてくる。「赤坂さん、今まで本当にありがとう」思わず最後の挨拶をしてしまった。「あ? 最後の別れみたいじゃん。帰って来たらいっぱい遊んでくれよ?」「…………うん」「舞も言ってたし。時間が取れたら温泉行きたいな」「赤坂さん、一緒に入ってくるから嫌」クスクス笑っている。「今度は綺麗に洗ってやるよ」「遠慮しておきます」「そんなに俺のこと嫌わないでくれ」こうやって何でもない会話をしているのが一番幸せだ。この時間がまた来ることを今は願って挑んでくるしかない。「いっぱい、いっぱい、勇気をありがとう。赤坂さん」「こちらこそ。支えてくれて感謝してる」赤坂さんは立ち上がって私の額にチュッと口づけて病室から出て行った。
赤坂side「話って何?」俺は、結婚の許可を取るために、大澤社長と二人で完全個室制の居酒屋に来ていた。大澤社長が不思議そうな表情をして俺のことを見ている。COLORは一定のファンは獲得しているが、大樹が結婚したことで離れてしまった人々もいる。人気商売だから仕方がないことではあるが、俺は一人の人間としてあいつに幸せになってもらいたいと思った。それは俺も黒柳も同じこと。愛する人ができたら結婚したいと思うのは普通のことなのだ。しかし立て続けに言われてしまえば社長は頭を抱えてしまうかもしれない。でもいつまでも逃げてるわけにはいかないので俺は勇気を出して口を開いた。「……結婚したいと思っているんだ」「え?」「もう……今すぐにでも結婚したい」唐突に言うと大澤社長は困ったような表情をした。ビールを一口呑んで気持ちを落ち着かせているようにも見える。「大樹が結婚したばかりなのよ。全員が結婚してしまったらアイドルなんて続けていけないと思う」「わかってる」だからといっていつまでも久実を待たせておくわけにはいかないのだ。俺たちの仕事は応援してくれるファンがいて成り立つものであるけれど、何を差し置いても一人の女性を愛していきたいと思ってしまった。「解散したとするじゃない? そうしたらあなたたちはどうやって食べていくの? 好きな女性を守るためには仕事をしていかなきゃいけないのよ」「……」社長の言う通りだ。かなりの貯金はあるが、仕事は続けていかなければならない。俺に仕事がなければ久実の両親も心配するだろう。
司会は事務所のアナウンス部所属の方のようだ。明るい声で話し方が柔らかいいい感じの司会だ。美羽さんと紫藤さんがゆっくりと入場してきた。真っ白なふわふわのレースのウエディングドレスを着た美羽さんはとても可愛らしい。髪の毛も綺麗に結われていて、頭には小さなティアラが乗っかっている。二人は本当に幸せそうに輝いている笑顔を浮かべていた。きっと過去に辛いことがあって乗り越えてきたから今はこうしてあるのだろう。二人が新郎新婦の席に到着すると、紫藤さんが挨拶をした。「皆さんお集まりくださりありがとうございます。本当に仲のいい人しか呼んでいません。気軽な気持ちで食事をして行ってください」結婚パーティーではプロのアーティストだったり、芸人さんがお笑いネタをやってくれたりととても面白かった。自由時間になると、美羽さんが近づいてきてくれる。「久実ちゃん、今日は来てくれてありがとう」「ウエディングドレスとても似合っています」「ありがとう。また今度ゆっくり遊びに来てね」「はい! お腹大事にしてください」「ええ、ありがとう」美羽さんのお腹の赤ちゃんは順調に育っているようだ。早く赤ちゃんが生まれてくるといいなと願っている。美羽さんと紫藤さんは辛い思いをたくさんしてきたらしいので、心から幸せになってほしいと思っていた。アルコールを楽しんでいる赤坂さんに目を向ける。事務所が私との結婚を許してくれたらいいな。でも、たくさんファンがいるだろうから、悲しませてしまわないだろうかと考えてしまう。落ち込んでしまうけど、希望を捨ててはいけない。必ず大好きな人と幸せになりたいと心から願っている。そして今まで支えてくれたファンの方たちにも何か恩返しができればと思っていた。私が直接何かをすることはできないけれど陰ながら応援していきたい。
◆今日は美羽さんと、紫藤さんの結婚パーティーだ。レストランを借り切って親しい人だけを選んでパーティーをするらしく、そこに私を呼んでくれたのだ。ほとんど会ったことがないのにいつも優しくしてくれる美羽さん。忙しいのにメッセージを送るといつも暖かく返事をしてくれる。そんな彼女の大切な日に呼んでもらえたのが嬉しくてたまらなかった。私は薄い水色のドレスを着てレストランへと向かった。会場に到着して席に座ると、私の隣に赤坂さんが座った。「おう」「……こ、こんにちは」「なんでそんなに他人行儀なの?」ムッとした表情をされる。赤坂さんと結婚の約束をしたなんて信じられなくて、今でも夢かと思ってしまう。「なんだか……私たちも婚約しているなんて信じられなくて」「残念ながら本当だ」「残念なんかじゃないよ。すごく嬉しい」赤坂さんはにっこりと笑ってくれた。そしてテーブルの下で手をぎゅっと握ってくれる。誰かに見られたらどうしようと思いながらドキドキしつつも嬉しくて泣きそうだった。「少し待たせてしまうかもしれないけど俺たちももう少しだから頑張ろうな」「うん」大好きな気持ちが胸の中でどんどんと膨らんでいく。こんなに好きになっても大丈夫なのだろうか。小さな声で会話をしていると会場が暗くなった。そしてバイオリンの音楽が響いた。『新郎新婦の入場です』
「病弱でいつまで生きられるかわからなくて。私たち夫婦のかけがえのない娘だった。その娘を真剣に愛してくれる男性に出会えたのだから、光栄なことはだと思うわ」お母さんの言葉をお父さんは噛みしめるように聞いていた。そして座り直して真っ直ぐ赤坂さんを見つめた。「赤坂さん。うちの娘を幸せにしてやってください」私のためにお父さんが頭を深く深く下げてくれた。赤坂さんも背筋を正して頭を下げる。「わかりました。絶対に幸せにします」結婚を認めてくれたことが嬉しくて、私は耐えきれなくて涙があふれてくる。赤坂さんがそっとハンカチを手渡してくれた。「これから事務所の許可を得ます。その後に結婚ということになるので、今すぐには難しいかもしれませんが、見守ってくだされば幸いです」赤坂さんはこれから大変になっていく。私も同じ気持ちで彼を支えていかなければ。「わかりました。何かと大変だと思いますが私たちはあなたたちを応援します」お母さんがはっきりした口調で言ってくれた。「ありがとうございます」「さ、お茶でも飲んでゆっくりしててください。今日はお仕事ないんですか?」「はい」私も赤坂さんも安心して心から笑顔になることができた。家族になるために頑張ろう。
「突然押しかけてしまって本当に申し訳ありません」赤坂さんが頭を下げると、お父さんは不機嫌そうに腕を組んだ。赤坂さんは私の命を救ってくれた本当の恩人だ。お父さんもそれはわかっているけれど、どうしても芸能人との結婚は許せないのだろう。赤坂さんが私のことを本気で愛してくれているのは、伝わってきている。私の隣で緊張しておかしくなってしまいそうな雰囲気が伝わってきた。「お父さん、お母さん」真剣な声音で赤坂さんはお父さんとお母さんのことを呼ぶ。お父さんとお母さんは赤坂さんのことを真剣に見つめる。「お父さん、お母さん。お嬢さんと結婚させてください」はっきりとした口調で言う姿が凛々しくてかっこいい。まるでドラマのワンシーンを見ているかのようだった。「お願い、赤坂さんと結婚させて」「芸能人と結婚したって大変な思いをするに決まっている。今は一時的に感情が盛り上がっているだけだ」部屋の空気が悪くなると、お母さんがそっと口を開いた。「そうかしら。赤坂さんはずっと久実のことを支えてくれていたわ。こんなにも長い間一緒にいてくれる人っていない。芸能人という特別な立場なのに、本当に愛してくれているのだと感じるの。だから……お母さんは結婚に賛成したい」お母さんの言葉にお父さんはハッとしている。私と赤坂さんも驚いて目を丸くした。お母さんはお父さんの背中をそっと撫でる。「あなたが久実のことを本当に大事に思っているのは一番わかるわ。可愛くて仕方がないのよね」「……あぁ」父親の心が伝わり泣きそうになる。
慌ててインターホンの画面を覗くと、宅急便だった。はぁ、びっくりさせないでほしい。ほっとしているが、残念な感情が込み上げてくる。どこかで赤坂さんに来てほしいという気持ちもあるのかもしれない。ちょっとだけ、寂しいなと思ってしまう。私は赤坂さんと結婚するのは夢のまた夢なのだろうか。お母さんが言っていたように二番目に好きな人と結婚しろと言われても、二番目に好きな人なんてできないと思う。ぼんやりと考えているとふたたびチャイムが鳴った。お母さんがインターホンのモニターを覗くと固まっている。その様子からして私は今度こそ本当に本当なのではないかと思った。「……あなた。赤坂さんがいらしたんだけど」「なんだって」部屋の空気が一気に変わった。私は一気に緊張してしまい、唇が乾いていく。赤坂さんが本当に日曜日に襲撃してくるなんて思ってもいなかった。冗談だと思っていたのに、来てくれるなんてそれだけ本気で考えてくれているのかもしれない。「久実、お父さんとお母さんのことを騙そうとしていたのか」「違うの。赤坂さんお部屋に入れてあげて。パパラッチに撮られたら大変なことになってしまうから」お父さんとお母さんは仕方がないと言った表情をすると、オートロックを解除した。数分後赤坂さんが部屋の中に入ってくる。今日はスーツを着ていつもと雰囲気が違っている。手土産なんか持ってきちゃったりして、芸能人という感じがしない。松葉杖を使わなくても歩けるようになったようだ。テーブルを挟んでお父さんとお母さん向かい側に私と赤坂さんが並んで座った。
家に戻り、落ち着いたところで携帯を見るが久実からの連絡はない。もしかしたら、両親に会える許可が取れたかと期待をしていたが、そう簡単にはいかなさそうだ。久実を大事に育ててきたからこそ、認めたくない気持ちもわかる。俺は安定しない仕事だし。でも、俺も諦められたい。絶対に久実と結婚したい。日曜日、怖くて不安だったが挨拶に行こうと決意を深くしたのだった。久実side日曜日になった。朝から、赤坂さんが来ないかと内心ドキドキしている。今日に限って、お父さんもお母さんも家にいるのだ。万が一来たらどうしよう。いや、まさか来ないよね。……いやいや、赤坂さんならありえる。私は顔は冷静だが心の中は忙しなかった。もし来たら修羅場になりそう。想像すると恐ろしくなって両親を出かけさせようと考える。お父さんは新聞を広げてくつろいでいる。「お父さん、どこか、行かないの?」「なんでだ」「い、いや、別に……アハハハ」笑ってごまかすが、怪しまれている。大丈夫だよね。赤坂さんが来るはずない。忙しそうだし、いつものジョークだろう。でも、ちゃんとお父さんに会ってもらわないと。赤坂さんと、ずっと、一緒にいたい。ランチを終えて食器を台所に片付けに行くと、チャイムが鳴った。も、もしかして。本当に来ちゃったの?
久実を愛しすぎて、彼女のウエディングドレス姿ばかり、想像する日々だ。世界一似合うと思う。純白もいいし、カラードレスも作りたい。もちろん結婚がゴールではないし結婚後の生活が大事になってくる。つらいことも楽しいことも人生には色々あると思うが彼女となら絶対に乗り越えて行ける自信があった。ただ……俺も黒柳も結婚をすると、COLORは解散する運命かもしれない。三人とも既婚者のアイドルなんてありえないよな。大事なCOLORだ。ずっと三人でやってきた。大樹だけ結婚をして幸せに過ごしているなんて不公平だと思う。あいつが辛い思いをしてきて今があるというのは十分に理解しているから、祝福はしているが、俺だって愛する人と幸せになりたい。グループの中で一人だけが結婚するというのはどうしても腑に落ちなかった。だから近いうちに事務所の社長には結婚したいということを伝えるつもりでいる。でもそうなるとやっぱり解散という文字が頭の中を支配していた。解散をしても、俺は久実を養う責任がある。仕事がなくなってしまったら俺は久実を守り抜くことができるのだろうか。不安もあるが、久実がそばにいてくれたら、どんな困難も乗り越えられると信じていたし、絶対に守っていくという決意もしている。
赤坂side音楽番組の収録を終えた。楽屋に戻ると、大樹は美羽さんに連絡をしている。「終わったよ。これから帰るから。体調はどうだ?」堂々と好きな人とやり取りできるのが、羨ましい。俺は、久美の親に結婚を反対されているっつーのに。腹立つ。会うことすら許してもらえない。大きなため息が出てしまう。私服に着替えながらも、久実のことを考える。久実を幸せにできる男は、俺だけだ。というか、どんなことがあっても離さない。俺は久美がいないと……もう、生きていけない。心から愛している。どんな若くて綺麗なアイドルなんかよりも、世界一、久実が好きだ。どうして、久実のご両親はこんなにも反対するのか。俺に大切な娘を預けるのは心もとないのだろうか。なんとしても、久実との交際や結婚を認めてほしい。一生、久実と生きていきたいと思っている。俺のこの真剣な気持ちが伝わればいいのに……。日曜日に実家まで押しかけるつもりでいた。 強制的に動かなければいけない時期に差し掛かってきている。 苛立ちを流し込むように、ペットボトルの水を一気飲みした。「ご機嫌斜め?」黒柳が顔を覗き込んでくる。「別に!」「スマイルだよ。笑わないと福は訪れないよ」「わかってる」クスクス笑って、黒柳は楽屋を出て行く。俺も帰ろう。「お疲れ」楽屋を出てエレベーターに乗る。セキュリティを超えて ドアを出るとタクシーで帰る。一人の女性をこんなにも愛してしまうなんて予想していなかった。自分の人生の物の見方や思考を変えてくれたのは、間違いなく久実だ。きっと彼女に出会っていなければ、ろくでもない人生を送っていたに違いない。